この私たちの身体は、決して自分自身のものではなく、借り物でございます。
仏さまからお借りしている『人間という乗り物』だと思うとよいでしょう。
そして、魂という自分自身を成長させるために、私たちはこの乗り物に乗って毎日いろんな体験させていただいているのでございます。
さて、タイトルの病気についてですが、漢字を分けたら、気が病むと書きますね。
私は本来の病気というのは、気持ちが病んだ時に病気となるんじゃないかなと思っているんです。
これは実際にお医者さんがおっしゃっていた言葉なのですが、「すべての病気は、意味があってその人に現れているんだよ。それを医者が簡単に治してしまったら、学びなき患者さんは再発するから、どうして病気になったのかを考えてほしい」って。
肉体的な病気、精神的な病気、さまざまな病気がございますが、すべて、自分を成長させるため、または本来の自分に戻るきっかけなんだと思う。
私も、血液の病気で骨髄移植をうけたのですが、病気が発祥したのは、私が僧侶になって間もないころ、自分の描く僧侶像とはかけ離れていて、自分を見失いかけていたとき・・・。
いま、病気をかかえてらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
大切なことは、どうして病気になったのか?しっかりとその病気と向き合うこと。
そこでどんなメッセージを受け取り、それによってどれだけ成長するかでございます。
いつもお話しすることでございますが、子供を亡くされた哀しみも、ご自身の心の成長を願っての大きな試練なのですよ。
もちろん苦しい時だけに学ぶのではなく、喜びと感謝の中からも学ぶことも大切。
どんなに体に良い物を食べていても、人を恨んだり、憎んでいたり、馬鹿にしたり、悪口を言っていたら、肉体はその毒を身体に取り込むから、ちゃんと動いてくれなくなってしまうものでございます。
だから、感謝して生きることも大切なのです。
感謝して生きていれば、体は毒を出してくれます。感謝は免疫力をあげてくれます。
何より、感謝はあの子の笑顔につながるのです。
私は僧侶というすばらしい仕事を通じて、お子さまのお供養だけではなく、皆様が癒されるよう、心の成長への手助けをさせていただくよう、これからも精進して参ります。
「常光円満寺にお参りしてよかった。」皆様方のその想いが、私の何よりもの喜びでございます
副住職 藤田晃秀 合掌